摘一段关于好歌剧生平的文章《太阳之马》中关于德比这一战的描述:
和田竜二に慢心はない。しかしテイエムオペラオーの能力には、過信と言われようと、絶対の信頼感を持っていた。東京コースでは実績どころか経験さえも乏しいが、そんな不安をオペラオーが払拭してくれた。道中かかることはないし、どの位置にいても最後まで脚を使える。これほど頼りになる馬はいない。
'不利さえなければ'
和田はその思いを煮詰める中で、策を一つに決めた。
1999年6月6日、日本ダービー。オペラオーと和田は、最高の位置取りだった。皐月賞はゲートの出が甘くなり後方からとなったが、大一番は完璧に出た。ライバルとなる渡辺薫彦とナリタトップロードはオペラオーのすぐ後ろ。渡辺も敵は1頭と決め打ちしたかのような乘り方だった。そして、皐月賞6着で名折れのスター候補生となってしまったアドマイヤベガと武豊は、はるか後方に位置している。
武豊にしてみれば、ベガの未知の能力を覚醒させるためには、皐月賞敗北は良い機会とも言えた。脚をため、最後の直線に全てを懸ける腹積もり。和田は後ろの動向は気にならなかった。
'強い競馬をする'
そのためにはオペラオーの邪魔をせず、危機を事前に察知し、しっかりと視野の広がる位置で直線を迎えさえすれば、オペラオーは負けないと信じていた。ところが、向正面過ぎで前を走るペインテドブラックの動きが、和田には怪しく見えた。この馬をいかにさばくか、ここが和田の最大の仕事だった。
'不利さえなければ'という思いと'強い競馬をする'。この2つの考えが和田の中で1つになる。
'先にさばこう'
外に進路を変える。人気の一角を背負う騎手として、決して責められるような判断ではない。だが、想定外のことが起こった。オペラオーが外へ進路を促したことで視界が開け、自らハミを取ったのだ。
'しまった。早い'
和田がなだめるも、時すでに遅し。それを後ろで見ていた渡辺も、オペラオーが動いたのを見過ごさず、トップロードに追撃の指令を出す。まだトップロードは渡辺の手の内で動かされてはいるが、これもダービーに勝つには早仕掛け。
そこには皐月賞後、2人を中心にメディアとともにつくり上げてきた、'勝つのはどっちだ'というストーリーがあった。和田も渡辺も、若気の至りで勇んだ。そう、敵はもうひとりいる。後方でオペラオー、トップロードが争う先陣を、武豊はほくそ笑んで眺めていた。
テイエムオペラオーと和田竜二が動いたのを見て、ナリタトップロードと渡辺薫彦も乘じた。皐月賞からの数週間、2人を中心につくられてきた日本ダービーの物語も、最終局面を迎えていた。オペラオーが先頭に立つ。しかし、手綱から伝わる手応えに余力はなかった。
'頑張れ、頼む'
和田はそう念じながら馬を鼓舞した。もはや、和田にできる唯一のことだ。これ以上速くは走れない。あとは惰性でどれだけ耐えるかだ。だが、その時間はそう長くはなかった。外からトップロードが並びかけてきた時には、まったく脚色が違った。渡辺にはまだ余力がある。そして、アッサリとオペラオーより前に出た。これでテイエムオペラオーの2冠の夢はついえる。
'勝った'
刹那、渡辺の心がはやる。
'なべちゃんに負けた'
和田は悔しさを押し殺しながらも速力こそは上がらねど、まだ落ちはしない無尽蔵のスタミナで食い下がるオペラオーの手綱を前後に押した。和田のダービーが終わった。しかし、日本ダービーそのものは、まだ終わっていない。渡辺の眼前には、もう馬はいない。栄光のゴール板が見えている。その時だった。渡辺の右耳に馬蹄音が聞こえるや、サッと頬をかすめた一陣の風。外にチラッと目をやると、そこにはアドマイヤベガと武豊の姿があった。
'あっ'という間もなく抜き去られ、武豊の背中を見た時、渡辺は悔しさがあふれ出た。勝負の厳しさというより、自分の甘さを痛感した。渡辺は検量室に戻ってくる時には、泣きじゃくっていた。
'よくやった'
師匠の沖芳夫が声をかけたが、しばらく涙が止まらなかった。和田は悔しさを表す以前に、ぼうぜんとしていた。あの場面、全てがあの一瞬の判断だ。あそこで動かないことが正解だったのか…。
岩元は'能力は出し切ってるから'。悔しさがないとは言えないが、サバサバとした表情で振り返った。あの場面、岩元は'人気背負ってるからなぁ'と、和田の判断に理解を示した。 原口は、やはりモニターで見ていた。ダービー3着に'すごい馬やなぁ'とすがすがしくオペラオーを迎えた。1月に骨折から復帰して、息つく暇もなく使い続けて、へこたれるそぶりすら見せなかった愛馬を誇らしく思った。 和田はダービーが終わっても自問自答が続いた。結果、負けたのだから早仕掛けだったのだが、今後、オペラオーと戦う上で、ここの解決は必須だった。しかし、このころの和田にはまだ荷の重い問いだった。'今ならオペラオーを信じて動かなかった。あの馬なら狭い所を割れたから' あれから23年後、和田にもやっと答えが出た。